大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)302号 判決 1989年11月24日
主文
一 被告村井謙之は、原告杉本チエ子に対し、金一三四二万八一四九円及びこれに対する昭和六〇年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告同和火災海上保険株式会社は、原告杉本チエ子の被告村井謙之に対する本判決が確定したときは、原告杉本チエ子に対し、金一三四二万八一四九円及びこれに対する右確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告杉本チエ子のその余の請求及び原告杉本智明の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被告らに生じた費用の一〇分の一と原告杉本智明に生じた費用を原告杉本智明の負担とし、被告らに生じたその余の費用と原告杉本チエ子に生じた費用はこれを二分し、その一を原告杉本チエ子の負担とし、その余は被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告村井謙之は、原告杉本チエ子に対し、金二四一三万四三五七円、原告杉本智明に対し、金二五〇万円及び右各金員に対する昭和六〇年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告同和火災海上保険株式会社は、原告杉本チエ子の被告村井謙之に対する本判決が確定したときは、原告杉本チエ子に対し、金二四一三万四三五七円、原告杉本智明の被告村井謙之に対する本判決が確定したときは、原告杉本智明に対し、金二五〇万円及び右各金員に対する昭和六〇年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年八月一五日午後一一時一〇分ころ
(二) 場所 大阪府堺市東八田四番地先路上(以下、「本件事故現場」という。)
(三) 事故車 普通乗用自動車(登録番号 泉五七ほ七二四〇号)
右運転者 被告村井謙之(以下、「被告村井」という。)
(四) 被害者 訴外杉本秋彦(以下、「訴外秋彦」という。)
(五) 態様 訴外秋彦の同乗していた事故車が本件事故現場道路脇の標識柱に衝突した(以下、以上の事故を「本件事故」という。)。
2 責任
(一) 被告村井の責任
(1) 被告村井は、本件事故当時、呼気一リットル中に〇・四五ミリグラムのアルコールを保有する酒気帯び状態で事故車を運転して、時速四〇キロメートルに速度規制がなされている本件事故現場を時速約八〇キロメートルの高速度で走行したうえ、約八五メートル前方をふらつきながら走行している原動機付自転車を発見したのであるから、右原動機付自転車の動向を注視し、その動向如何によっては臨機応変な運転操作ができるように減速すべき注意義務があったにもかかわらず、漫然と右速度で進行し、右原動機付自転車の後方約三九・六メートルの地点で、衝突の危険を感じて急制動の措置を講ずるとともに左に急転把した過失により、事故車を左斜め前方に暴走させて本件事故を発生させ、事故車に同乗中の訴外秋彦に後記傷害を負わせたものであるから、民法第七〇九条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。
(2) 被告村井は、本件事故当時、事故車を自己のために運転していたのであるから、自己のために自動車を運行の用に供していた者として、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)第三条に基づく責任がある。
(二) 被告同和火災海上保険株式会社の責任
(1)ア 被告同和火災海上保険株式会社(以下、「被告会社」という。)は、原告杉本チエ子(以下、「原告チエ子」という。)との間で、昭和六〇年五月一三日、事故車を保険証券記載の自動車、同原告を保険証券記載の被保険者とし、保険期間を右同日から昭和六一年五月一三日まで、対人賠償の保険金額を一名につき一億円とする自家用自動車総合保険契約(以下、「本件保険契約」という。)を締結した。
イ 右保険契約の内容は、自家用自動車保険普通保険約款(以下、「自動車保険約款」という。)の定めるところによるものとされているところ、同約款第一章賠償責任条項第一条は、当会社は、保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」という。)の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を、賠償責任条項および一般条項に従いてん補する旨を、同第三条は、保険証券記載の被保険者(以下、「記名被保険者」という。)のほか、記名被保険者の配偶者、記名被保険者またはその配偶者の同居の親族、記名被保険者またはその配偶者の別居の未婚の子であって被保険自動車を使用または管理中の者及び記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者を賠償責任条項における被保険者とする旨、同第六条は、対人事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社に対して損害賠償額の支払を請求することができ(第一項)、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したときにその損害賠償額を支払う旨(第二項)をそれぞれ定めている。
ウ 被告村井は本件事故当時、記名被保険者である原告チエ子の承諾のもとに事故車を運転していた。
すなわち、被告村井は、訴外秋彦の一番の親友であったところから、本件事故の以前にも、度度原告チエ子の同意のもとに事故車を運転しており、原告チエ子は、訴外秋彦よりも被告村井の方が運転技術に優れていたこともあって、被告村井が運転することをむしろ望んでいたのであるから、被告村井が事故車を使用することを包括的に承諾していたというべきであるところ、本件事故当時は、訴外秋彦は海水浴から帰宅したばかりで疲れていたのであるから、原告チエ子は、より強い理由で被告村井が訴外秋彦に代って事故車を運転することを承諾したはずである。
エ 仮に、原告チエ子の承諾がなかったとしても、いわゆるファミリーカーについては、自動車保険約款第一章賠償責任条項第三条の許諾権者には、記名被保険者に限られず、これと同居し、生計を同一にする子も含まれるものと解すべきであるところ、事故車は、原告ら方のいわゆるファミリーカーであり、原告チエ子と同居し、生計を同一にする子である訴外秋彦は、被告村井が事故車を運転することを承諾していた。
オ 従って、被告村井は、記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者(以下、「許諾被保険者」という。)として、本件保険契約の被保険者に該当するものであり、被告村井が民法第七〇九条または自賠法第三条に基づいて損害賠償義務を負うことは前記のとおりであるから、被告会社は、本訴請求にかかる金員を被告村井に対する本訴の確定を条件に支払う義務がある。
(2) 被告会社は、本件事故当時、事故車につき原告チエ子との間で、死亡保険金の限度額を死亡者一人につき二五〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)の契約を締結していたのであるから、自賠法第一六条に基づき、右限度額の範囲で本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 訴外秋彦の受傷内容、治療経過及び自殺
(1) 訴外秋彦は、本件事故により、脳幹損傷等の傷害を受け、次のとおり治療を受けた。
ア 近畿大学医学部附属病院(以下、「近大病院」という。)
<1> 昭和六〇年八月一六日から同年九月二〇日まで入院
<2> 昭和六一年九月二二日から同年一二月六日まで通院
イ 永山病院
<1> 昭和六〇年九月二〇日から同年一〇月八日まで入院
<2> 昭和六〇年一〇月八日から同月一六日まで通院
ウ 堺フジタ病院
昭和六〇年一〇月二九日から昭和六一年九月二二日まで通院
(2) 訴外秋彦の症状は、近大病院搬入時は意識昏睡、瞳孔不同の状態で、意識を取り戻すまでに約二〇日を要したほどの重篤なものであり、幸いにして一命をとりとめたものの、前記傷害により追想欠損、記銘力低下及び意欲低下を来したため、同人は、前記のとおり近大病院に通院し、同病院精神神経科において、脳外傷後神経症(抑うつ状態)との診断のもとに昭和六一年一〇月一八日から抗うつ剤の投与等の治療を受けて来たが、その効果が上がらないばかりか、さらに夜間ぜいめい、輻輳不全、瞳孔不同及び複視の後遺障害が発症して、これに苦しむようになり、本件事故以前に通学していたコンピューター専門学校に復帰することは勿論、将来的にも、熱望してやまなかったコンピューター関係の職に就けなくなったことを大いに悲観し、その結果抑うつ状態が一気に高進して自殺思考を生み、または自殺思考を抑止する精神的能力が減退し、ついに昭和六二年一月一〇日、縊死自殺するに至った。
このように訴外秋彦の自殺は、本件事故による受傷の結果生じた脳外傷後神経症(抑うつ状態)等の後遺障害が原因となって引き起こされたことが明らかであるから、本件事故と訴外秋彦の自殺との間には相当因果関係があるというべきである。
(二) 損害額
(1) 訴外秋彦
ア 治療費 九五万二八一七円
昭和六〇年八月一六日から昭和六一年一二月一六日までの治療費として右金員を要した。
イ 入院雑費 七万一五〇〇円
近大病院及び永山病院入院中の五五日間に、一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を要した。
ウ 付添費 二七万三九五〇円
訴外秋彦は、前記五五日間の入院中、付添看護を必要としたが、永山病院入院中の昭和六〇年九月二四日から同月二八日までの五日間については、職業付添婦を雇って四万八九五〇円を要したほか、その余の五〇日間についても、近親者が付添ったので一日当たり四五〇〇円、計二二万五〇〇〇円の付添費相当の損害を被った。
オ 交通費 一万七二〇〇円
訴外秋彦は、昭和六〇年九月二〇日、近大病院から永山病院に転院したが、その際寝台自動車を使用し、その費用として一万七二〇〇円を要した。
カ 逸失利益 二七三〇万八八五四円
訴外秋彦は、昭和四〇年一一月二五日生まれの男性で、本件事故によって自殺しなければ、就労可能な六七歳まで四六年間稼働することができ、その間毎年少なくとも二三二万〇八〇〇円(昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の二〇ないし二四歳の男子労働者平均年収額)の収入を得ることができるはずであった。そこで、右収入から、生活費として五〇パーセントを控除したうえ、ホフマン式計算方法により、年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり二七三〇万八八五四円となる。
(算式)
2,320,800円×0.5×23.534=27,308,854円
キ 慰謝料 一五〇〇万円
(2) 原告チエ子
ア 訴外秋彦の葬儀費 八〇万円
イ 弁護士費用 四五〇万円
(3) 原告智明
ア 慰謝料 四五〇万円
原告智明は訴外秋彦の唯一の実兄であり、本件事故当時中央大学法学部の学生であったが、被告会社が訴外秋彦の存命中の治療費すら支払わないので、今後原告チエ子の肩にかかる治療費などの負担を考慮し、止むなく同大学を退学したものであり、加えて訴外秋彦の自殺により唯一の弟を失ったものであるから、その精神的苦痛を慰謝するには四五〇万円が相当である。
イ 弁護士費用 五〇万円
4 損害のてん補 六五万五六〇七円
被告村井から訴外秋彦の近大病院における治療費として、六五万五六〇七円の支払いを受けたので、右3(一)(1)の治療費に充当する。
5 訴外秋彦の死亡は自殺によるものであるところ、その寄与分は五〇パーセントを超えることはないので、被告村井が賠償すべき額は前記3の(一)ないし(三)の損害額の五〇パーセントを下ることはない。
6 原告チエ子は訴外秋彦の実母であり、訴外杉本利明(以下、「訴外利明」という。)は訴外秋彦の実父であるから、訴外秋彦の死亡に伴い、同人の被告らに対する損害賠償請求債権を右両名が相続することになったが、原告チエ子と訴外利明は、昭和六二年五月一〇日、訴外秋彦の被告らに対する損害賠償請求権のすべてを原告チエ子が相続する旨の遺産分割協議をしたので、右損害賠償請求債権はすべて原告チエ子が承継した。
7 結論
よって、被告村井に対し本件事故による損害賠償請求権に基づき、原告チエ子は二四一三万四三五七円、原告智明は二五〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六〇年八月一五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告会社に対し、保険契約に基づき、原告らの被告村井に対する本判決の確定を条件として原告チエ子は二四一三万四三五七円、原告智明は二五〇万円及び右各金員に対する前同日から支払済みまで前同割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告村井
(一) 請求原因1は認める。
(二) 同2(一)について
(1) (1)のうち、被告村井に時速約八〇キロメートルで事故車を運転し、運転操作を誤った過失があることは認める。
(2) (2)は認める。
(三) 同3について
(1) (一)(1)は認める。(一)(2)のうち、本件事故と訴外秋彦の自殺との間に相当因果関係があることは否認し、その余は不知。
(2) (二)はいずれも争う。
(四) 同4は認める。
(五) 同5は否認する。
(六) 同6のうち原告チエ子が訴外秋彦の実母であり、訴外利明が同人の実父であることは認めるが、その余の事実は不知。
2 被告会社
(一) 同1は認める。
(二) 同2について
(1) (一)(1)は不知。
(2) (一)(2)は認める。
(3) (二)(1)ア及びイは認め、ウないしオは否認する。
最高裁昭和五八年二月一八日第二小法廷判決(判例タイムズ四九四号七二頁)は、記名被保険者から自動車を借りていた者から、その記名被保険者の直接の承諾を受けないでさらに転借した者が、運転中に自損事故を起こした事案について、自動車保険約款自損事故条項第三条第一項第三号の「正当な権利を有するもの」とは、賠償保険の記名被保険者に相当する者(記名被保険者・名義被貸与者)をいうものと解するのが相当であるとして、転借人からの保険金請求を認めなかったが、自損事故条項における「正当な権利を有する者の承諾を得ない者」の反対概念である「承諾を得た者」は、賠償責任条項の「記名被保険者の承諾を得た者」と完全に重なるものであるから、右最高裁判決の趣旨は本件にも及ぼされるべきであるところ、右事案の事実関係は、所有者が自動車を貸与するに当たり、被貸与者がその自動車を使用する間に同人の友人に転貸することを予想していたが、これを禁じておらず、また、所有者は転借人に数回会ったことがあるというものであり、自動車の被貸与者の友人がこれを運転することを積極的に禁止していない点において本件と共通性があるので、右最高裁判決の趣旨に照らせば、被告村井は記名被保険者の承諾を得た者ということはできないというべきである。
特に本件の場合、被告村井は飲酒して相当酩酊していた(呼気一リットルあたり中〇・四五ミリグラム)のであるから、原告チエ子がそのような者に事故車の運転を任せて息子である訴外秋彦を自宅まで送らせるはずはなく、本件事故当時の被告村井による事故車の運転につき、原告チエ子の推定的承諾を考えるような状況はなかったというべきである。
また、訴外秋彦がしばしば被告村井に事故車を運転させていることを知りながら、原告チエ子がこれに異議を述べなかったという事実があったとしても、被告村井は原告チエ子や訴外秋彦から事故車のキーを預けられていたわけではないから、包括的に事故車の運転の承諾を得ていたということはできないし、賠償責任条項第三条第一項第三号の許諾権者に記名被保険者の同居の親族が含まれると解することは、自動車保険約款が特に「記名被保険者の許諾」と明記して許諾権者を限定している趣旨を没却することになり相当でない。
(4) (二)(2)のうち、被告会社が本件事故当時、事故車につき原告杉本チエ子との間で自賠責保険契約を締結していたことは認める。
(三) 同3について
(1) (一)(1)は不知。
(2) (一)(2)のうち、訴外秋彦が死亡したことは認め、その余は不知。
(3) (二)はいずれも不知。
(四) 同4は認める。
(五) 同5は否認する。
(六) 同6は不知。
三 抗弁
1 (被告会社)
(一) 事故車は原告チエ子の所有であったが、訴外秋彦は、家族の一員として事故車を常時使用していたのであるから、同人も運行供用者の地位にあったものであるところ、本件事故当時、被告村井は訴外秋彦の依頼で事故車を運転していたから、訴外秋彦はなお運行供用者の地位を失っていなかったものであり、従って、訴外秋彦は自賠法第三条にいう他人ではない。
(二) 原告らは、昭和六一年九月一一日、被告会社との間で、被告会社が原告らに対し、本件保険契約の自損事故条項及び搭乗者傷害条項に基づいて保険金を支払う旨の示談をした際に、被告会社に対する自賠法第一六条の請求権を放棄した。
2 (被告双方)
(一) 訴外秋彦は、被告村井らと共に飲酒して同被告の飲酒の事実を知っており、しかも自己の飲酒量は同被告と比べると少なかったにもかかわらず、より飲酒量の多い同被告に事故車の運転を任せ、自らは座席で居眠りをしていたものであり、右状況に照らすと、訴外秋彦は、飲酒運転の危険を積極的に容認していたものというべきであるから、信義則上被告村井に対する損害賠償請求権は発生せず、従って、被告会社も原告らに対し、保険契約に基づく保険金の支払義務を負わないものというべきである。
(二) 仮に右主張に理由がないとしても、右のような事情に照らせば、被告らは、原告らの請求に対して、大幅な過失相殺を以て対抗できるものというべきであり、その割合は七〇パーセントとみるのが相当である。
四 抗弁に対する認否
いずれも否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一 請求原因1(事故の発生)は当事者間に争いがない。
二 そこで、被告らの責任について判断する。
1 被告村井の不法行為責任について
本件事故の発生につき、被告村井に事故車を時速約八〇キロメートルで運転し、運転操作を誤った過失があったことは、原告らと被告村井との間で争いがなく、被告会社に対する関係では、前記一の争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 本件事故現場は、南北に通ずる府道堺狭山線本線の側道上であり、右道路は、南から北への一方通行規制がなされ、車道はアスファルト舗装の二車線(西側車線の幅員は三・〇メートル、東側車線の幅員は三・二メートルであり、西側車線のさらに西側には幅三・二メートルの歩道が設置されている。)で、制限速度は時速四〇キロメートルに規制されている。
(二) 被告村井は、事故車の助手席に訴外秋彦を、後部座席に訴外富永浩(以下、「訴外富永」という。)を同乗させ、東側車線を時速約八〇キロメートルの速度で走行中、前方約八五メートルの西側車線を左右にふらつきながらゆっくり走行している原動機付自転車を認めたが、そのまま約五〇メートルほど走行したとき、突然、右原動機付自転車が前方約三九・五メートルの地点で東側車線に進入してきたのを認め、衝突の危険を感じて急制動の措置をとるとともに、左に転把したところ、事故車が横滑りし、左前方に約八三メートル滑走した後、車首を東に向けた横向きの状態で、左側助手席部分を西側車線と歩道との間に設置されていた標識柱に激突させて停止した。
(三) 後に認定するとおり、被告村井は、事故前に居酒屋で飲酒しており、事故直後の昭和六〇年八月一五日午後一一時四五分ころに実施されたアルコール量の検査において、呼気一リットル中に約〇・四五ミリグラムのアルコールを保有していると判定された。
右認定の事実によれば、被告村井は、前方約八五メートルの西側車線を左右にふらつきながらゆっくり走行している原動機付自転車を認めながら、運転開始前に飲んだ酒の酔いもあって、何ら減速の措置を講ずることもなく、制限速度を四〇キロメートルも超えた時速約八〇キロメートルの高速度で漫然と進行した過失により、本件事故を発生させたものというべきである。
従って、被告村井は、民法第七〇九条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。
2 被告会社の責任について
(一) 請求原因2(二)(1)のア及びイは当事者間に争いがない。
(二) そこで、被告村井が許諾被保険者に該当するかどうかについて検討する。
ところで、前記争いのない事実のとおり、本件保険契約に適用される自動車保険約款(自家用自動車保険普通保険約款)第一章賠償責任条項第三条が記名被保険者のほかに、記名被保険者の配偶者、記名被保険者またはその配偶者の同居の親族、記名被保険者またはその配偶者の別居の未婚の子であって被保険自動車を使用または管理中の者、及び記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者を被保険者に加えているのは、自家用自動車は、その所有者ばかりでなく、その家族、友人等複数の者によって使用されるのが通常であるから、自動車事故を起こし、それに伴う賠償責任を負担する者は、自動車の所有者に限られず、現に自動車を使用している家族や友人等にも右責任が及ぶことが多く、従って、これらの者が負担する賠償責任をも保険の対象に加えなければ、自動車の使用に伴う危険の保護と自動車事故の被害者の救済という自動車保険の目的を十分に達成することができず、自動車の通常の利用に伴う危険から保護されたいという保険契約者の要求を満たすこともできないからであると考えられる。そして、このような前記条項の趣旨に、自家用自動車中の相当な割合を占めていると考えられるいわゆるファミリーカーについては、その自動車を家族の中の複数の者が平等な立場で使用権限を有している場合と、複数の使用者の中に主たる使用権限者として使用する者と従たる立場で使用しうるにすぎない者とがいる場合があると考えられるが、後者の場合でも従たる立場の者も一定の限度で使用・管理の権限を有していることも多いと考えられ、このように複数の者が使用・管理の権限を有している場合でも記名被保険者は一名となっているのが通常である(この点は当裁判所に顕著な事実である。)ことを考え合わせると、記名被保険者が他の使用権限者において第三者に貸与または使用の承認をすることを明示的に承諾している場合はもちろん、明示の承諾がなされていない場合でも、記名被保険者でない他の使用権限者の権限中に第三者に貸与または使用の承諾をする権限が含まれている場合は、特段の事情のない限り、右権限に基づいて貸与または使用の承諾がなされたときは、記名被保険者の承諾があったものと解するのが相当である。
そこで、これを本件についてみるのに、<証拠>によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 事故車は相川治名義で登録されているが、原告チエ子が代金等をすべて負担して購入したもので、原告チエ子の所有であり、原告チエ子がその経営する塾の仕事のために使用していたが、その使用時間は、通常は午後三時過ぎころから午後八時ごろまでに限られるので、原告チエ子は、訴外秋彦に対し、右時間帯を除いて自由に事故車を使用することを許し、事故車の鍵も別に訴外秋彦専用のものを所持することを許容していた。
(2) 訴外秋彦と被告村井は高校時代からの友人であり、同人らは、本件事故以前には、頻繁に他の友人らと共に交遊していたものであるところ、訴外秋彦は、そのような折に事故車を運転してきたときには、被告村井に事故車の運転を任せることが多かった。そして、原告チエ子は、そのことを知っており、本件事故の一年ほど前には、被告村井が事故車を運転して事故を起こしたこともあったが、被告村井が事故車を運転することに異議を述べたり、訴外秋彦が事故車を被告村井等の友人に運転させることを禁じたようなことはなかった。
(3) 訴外秋彦は、本件事故当日、海水浴に出掛け、午後九時ころ帰宅したところ、被告村井から堺東駅前の居酒屋にいるので迎えに来てほしい旨の電話があったため、事故車に乗って右居酒屋に行ったものであるが、原告チエ子は右電話を訴外秋彦に取り次いでいるので、同人が事故車を運転して被告村井に会いに行くことが予想できたが、訴外秋彦に対して特段注意等はしていない。
(4) 被告村井は、右居酒屋において、訴外秋彦と共通の高校時代の友人である訴外富永ら三名と飲食していたが、午後一〇時三〇分ころ、訴外秋彦が来たので店を出たところ、訴外秋彦から事故車の鍵を渡され、事故車の運転を委ねられたので、訴外富永を後部座席に、訴外秋彦を助手席に同乗させて事故車を運転し、訴外富永を堺市宮園町の自宅に送る途中で本件事故を起こした。
右認定事実によれば、本件保険契約の記名被保険者である原告チエ子は、訴外秋彦に対し、自己が使用する時間帯を除き、自由に事故車を使用することを認めていただけでなく、少なくとも同人が同乗した状態で被告村井等の友人に事故車の運転を委ねることについては、黙示的に包括して承認していたものというべきであり、本件事故当時、被告村井は訴外秋彦が同乗した状態で同人の許諾に基づいて事故車を運転していたのであるから、被告村井は、記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用中の者として、本件保険契約の許諾被保険者に該当すると認めるのが相当である。なお、被告会社は、最高裁昭和五八年二月一八日第二小法廷判決を根拠に、被告村井が許諾被保険者ではない旨主張するが、右判決は自動車保険約款第二章自損事故条項第三条第一項第三号の「正当な権利を有する者」の意義が争点となった事案であるうえ、所有者と転貸をした借受人との関係も、転借人の自動車使用の状況も異なり、本件とは事案を異にするので、右主張は採用することはできない。
そして、被告村井が民法第七〇九条に基づき、本件事故によって生じた損害の賠償責任を負うことは前記のとおりであるから、本件保険契約の保険者である被告会社はその余の点について判断するまでもなく、前記争いのない自動車保険約款第一章第一条第一項により、被告村井に対して同人が右損害賠償責任を負担することによって被る損害のてん補責任負い、同章第六条第一項により、保険金額の範囲内で、本件事故による損害の賠償請求権者に対して損害賠償額を支払う義務があるというべきであるところ、同条第二項によれば、右義務の履行期は、原告らと被告村井との間で本件損害賠償債権についての判決が確定したときであると解されるから、被告会社は被告村井に対する本訴の判決確定を条件にその損害賠償額を支払う義務があるものというべきである。
三 次に、訴外秋彦の受傷内容及び治療経過並びに同人の自殺と本件事故との因果関係について検討する。
1 <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない(なお、訴外秋彦の受傷内容及び入・通院状況は、原告らと被告村井との間においては、争いがない。)。
(一) 訴外秋彦は、本件事故直後、救急車で堺フジタ病院に運び込まれたが、頭部外傷の程度が重篤であり、昏睡状態であったため、近大病院救命救急センターに転送されて、同病院で治療を受けた。そして、同病院におけるCT検査では、脳に明らかな挫傷や出血は認められなかったものの、頭部打撲及び脳幹挫傷(疑い)と診断され、昏睡ないし半昏睡状態が約二〇日間継続した。その間昭和六〇年八月二七日に気管切開術が施行されたほか、全期間を通じて保存的治療が施された結果、同年九月一五日に至ってようやく意識状態が良好となり、同月二〇日、永山病院に転院した(入院三六日)。
(二) 訴外秋彦は、永山病院においては、頭部打撲及び頭部外傷第[2]型の傷病名で、対症治療及び経過観察を受けたが、同年一〇月八日に退院し(入院一九日)、その後同月一六日に一回同病院に通院し、次いで、同月二九日からは、脳挫傷の傷病名で堺フジタ病院に通院するようになり、同六一年九月二二日までの間に、実日数にして二〇日間同病院に通院してリハビリテーション等の治療を受けた。
(三) 訴外秋彦は、昭和六一年九月二二日からは、夜間ぜいめい、複視、軽度痴呆状態、失語等を訴えて、再び近大病院に通院を始め、同病院(眼科、耳鼻科、精神科)において、CT、レントゲン及び脳波の各検査で器質性脳障害は認められなかったものの、頭部打撲、脳挫傷(疑い)、輻輳不全、瞳孔不同及び脳外傷後神経症(抑うつ状態)と診断され、眼の症状については昭和六一年九月二二日の時点で既に症状が固定しているものと診断されたが、精神症状については、治療による改善が期待されたため、同病院精神科において、同年一二月六日まで(実日数にして六日間)抗うつ剤の投与等による加療を受けた。
2 <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 訴外秋彦は、昭和四〇年一一月二五日生まれの男子で、コンピューターに興味を持ち、将来コンピューター関係の職業に就くことを希望して、高校卒業後コンピューター専門学校に入学し、事故当時はその二回生であった。訴外秋彦は、本件受傷前は、健康で、性格は明るく、精神的に異常と思われるような点はなかった。
(二) 訴外秋彦は、事故後二月半ほどしたころ、事故のため休学していたコンピューター専門学校に復学したが、コンピューターを作動させようとしても、操作方法を思い出せなかったり、輻輳不全及び瞳孔不同による複視等の視覚傷害が生じていたことから、事故前のようには授業についていくことができず、右専門学校を卒業できる見込みもなくなり、そのため、自己の将来を思い悩み、食欲もなく、精神的にも沈んだ状態になっていた。
(三) 近大病院精神神経科郭麗月医師が昭和六一年一〇月四日に訴外秋彦を診察をした際には、同人は、追想欠損、記銘力低下及び意欲低下を訴え、抑うつ的な表情、緩慢な動作が認められた。そこで、同医師は、同月一五日、訴外秋彦に対して知能テスト及び記銘力テストを施行したが、その結果によると、知能的には正常範囲に保たれていると評価されたので、同医師は、右のように自覚症状と客観的知能評価に差異があり、前認定のとおり諸検査では器質性脳障害の存在は否定されているのに、意志欲動性低下、焦燥感及び不眠等の症状があることから、脳外傷後神経症(抑うつ状態)と診断し、同月一八日より抗うつ剤の投与等の治療を開始した。その後同年一一月八日に、同医師が訴外秋彦を診察した際には、意志欲動性低下、過眠及び食欲低下等の抑うつ状態が持続し、自覚的には、能力低下に対する不安を訴えており、その後も、訴外秋彦は同月二二日及び同年一二月六日にも受診をして、同医師から同じ投薬を受けていたが、昭和六二年一月一〇日、縊死自殺するに至った(訴外秋彦が死亡したことは当事者間に争いがない。)。なお、訴外秋彦は、自殺前にそれまでと特に変った行動をしたことはなく遺書等も作成していない。
3 以上認定の各事実によれば、訴外秋彦が自殺を決意するに至った心理状態の詳細は不明であるが、本件事故による受傷及びその後遺障害によって、興味を持っていたコンピューターも使えなくなって、将来コンピューター関係の職に就くことを希望して入学したコンピューター専門学校を卒業できる見込もなくなり、それによる焦燥感や自己の将来に対する不安感が高じて脳外傷後神経症となり、その結果、抑うつ状態を来し、将来を悲観して発作的に縊死自殺したものと推認される。
以上のとおり、訴外秋彦の自殺は、本件事故による受傷が誘因となって罹患した脳外傷後神経症によって生じた抑うつ状態によって引き起こされたものであると認められるところ、不法行為により傷害を受け、その後遺障害のために苦痛に悩まされたり、将来に挫折感を抱くようになった被害者が、絶望のあまり死を選ぶということは、通常人にとって予想することもできない希有な事例であるということはできず、前認定のような訴外秋彦の受傷の重篤性に照らしても、その自殺が予見不可能であるということはできないから、本件事故と訴外秋彦との自殺との間には相当因果関係があるというべきである。
もっとも、自殺には、通常本人の自由意志が関与しているものであり、前認定の訴外秋彦の受傷内容、後遺障害の程度等に照らすと、同人が完全に自由意思を失った状態で自殺したものとは認め難いから、自殺によって生じた損害を含むすべての損害を本件事故によるものとして被告らに賠償させることは、損害の公平な分担という損害賠償の理念に照らして相当でなく、この点については、後記のとおり、過失相殺に準じて、自殺を選択した自由意思の程度や通常人が同一の状態におかれた場合の自殺を選択する可能性などを考慮して賠償すべき損害額を減額するのが相当である。
四 そこで、右三で認定した事実を前提に損害額について検討する。
1 訴外秋彦の損害額
(一) 治療費(文書料を含む。)
九五万二八一七円
訴外秋彦が、本件事故により昭和六一年一二月六日まで入通院し、治療を受けたことは前認定のとおりであり、<証拠>によれば、その間の治療費として九五万二八一七円を要したことが認められる。
(二) 入院雑費 七万〇二〇〇円
前認定の訴外秋彦の受傷内容、治療経過によれば、訴外秋彦は前認定の五四日間(重複した日数は控除した。)の入院期間中に、一日当たり一三〇〇円、合計七万〇二〇〇円を下らない雑費を要したものと推認することができる。
(三) 付添費 二六万九四五〇円
前認定の訴外秋彦の受傷の内容及び程度に前掲甲第三、第四号証の各一を総合すれば、訴外秋彦は前認定の五四日間の入院期間のすべてについて付添看護を必要としたものと認められるところ、<証拠>によれば、永山病院入院中の昭和六〇年九月二四日から同月二八日までの五日間は職業付添婦を雇って、その費用として四万八九五〇円を支払い、その余の四九日間についても、原告チエ子を始め訴外秋彦の近親者が付き添っていたことが認められる。
右事実によれば、訴外秋彦は、職業付添婦に四万八九五〇円を支払って同額の損害を被り、さらに近親者の付添により一日当たり四五〇〇円、計二二万〇五〇〇円の付添費相当の損害を被ったものと認められるから、訴外秋彦の被った付添費損害の合計額は二六万九四五〇円となる。
(四) 交通費 一万七二〇〇円
<証拠>によれば、訴外秋彦は昭和六〇年九月二〇日、近大病院から永山病院に転院する際、寝台自動車を頼み、その費用として一万七二〇〇円を支払ったことが認められるところ、前認定の訴外秋彦の受傷の内容及び程度に照らすと右交通費は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
(五) 逸失利益 二五八三万六一八九円
訴外秋彦は、前認定のとおり昭和四〇年一一月二五日生まれの健康な男子であったから、本件事故によって自殺しなければ、少なくとも二一歳から六七歳まで四六年間稼働することができ、その間平均して毎年二三二万〇八〇〇円(昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の二〇ないし二四歳の男子労働者平均年収額)を下らない収入を得ることができるはずであったと推認することができ、また、同人の生活費は右収入の五〇パーセントと認めるのが相当である。そこで、右収入額を基礎に、右生活費相当額及びホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除して、同人の逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、次のとおり二五八三万六一八九円(円未満切捨て。以下同じ)となる。
(算式)
2,320,800円×0.5×(24.1263-1.8614)=25,836,189円
(六) 慰謝料 一五〇〇万円
前認定の本件事故の態様、訴外秋彦の傷害の部位、程度、治療経過、自殺するに至った経緯、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故によって訴外秋彦が受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては一五〇〇万円が相当である。
2 原告チエ子の損害(葬儀費用)
弁論の全趣旨によれば、原告チエ子は訴外秋彦の葬儀を執り行い、相応の費用を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費の額は八〇万円と認めるのが相当である。
3 原告智明の損害(慰謝料)について
<証拠>によれば、原告智明は訴外秋彦の実姉であって、同原告にとっては、訴外秋彦が唯一の弟であったこと、及び同原告は本件事故後大学を中退していることが認められ、同原告が本件事故により相当程度の精神的苦痛を被ったであろうことは容易に推認しうるところであるが、右事実によっては、同原告と訴外秋彦との間が親子に準ずるものであったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、同原告に訴外秋彦の死亡による慰謝料を認めることはできない。
なお、同原告が訴外秋彦の受傷のために大学を中退せざるを得なくなったことによる損害の賠償を請求しているとしても、それは間接被害者の損害ないしは特別事情損害であって、その予見可能性があったことを認めるに足りる証拠は存しないので、いずれにしても慰謝料請求権を肯定することはできない。
五 過失相殺
前二で認定した各事実によれば、訴外秋彦は、被告村井が相当程度飲酒しており、酒気帯び運転になることを知りながら、被告村井に事故車の運転を委ね、自ら助手席に同乗したものであって、訴外秋彦には、少なくとも自らが運転するかあるいは同乗を見合わせて事故の発生を避けるべき注意義務を怠った過失があったものというべきであるから、損害賠償額を定めるに当たっては右過失を斟酌すべきであり、さらに前記のとおり、訴外秋彦が自殺を選択して損害を拡大した点も考慮すべきである。
そこで、前認定の本件事故の態様、訴外秋彦の傷害及び後遺障害の内容、程度並びに自殺に至るまでの状況等の諸般の事情を斟酌して、前認定の損害額から七〇パーセントを減ずるのが相当である(なお、被告らは信義則上、被告村井に対する損害賠償請求権が発生しない旨主張するが、被告村井の前認定過失の重大性に鑑みると、原告チエ子の損害賠償請求権の行使が信義則に反するということはできないので、採用しない。)。
六 損害賠償請求権の承継
<証拠>を総合すれば、請求原因6の事実を認めることができる(但し、被告村井との間においては、原告チエ子が訴外秋彦の実母であることは争いがない。)。
七 損益相殺
請求原因4のうち、被告村井から訴外秋彦の治療費として六五万五六〇七円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、前記過失相殺後の損害額一二八八万三七五六円から、右てん補額を控除すると、原告チエ子が賠償を求めうる損害額の残額は一二二二万八一四九円となる。
八 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らは原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、又は支払いの約束をしているものと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、結果等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用は、原告チエ子について一二〇万円と認めるのが相当であり、原告智明については、右賠償を求めることはできないものというべきである。
九 被告会社に対する遅延損害金の発生時期
原告らは、被告会社に対する遅延損害金請求を、被告村井の不法行為の日から求めているが、前記のとおり、被告会社の原告らに対する損害賠償額支払義務の履行期は、原告チエ子と被告村井との間で、本件損害賠償債権についての判決が確定した時であるから、被告会社の右義務の履行遅滞に基づく遅延損害金の発生時期は右判決確定の日の翌日であると解される。
一〇 結論
以上の次第で、原告チエ子の本訴請求は、被告村井に対し、一三四二万八一四九円、被告会社に対し、原告チエ子の被告村井に対する本判決の確定を条件に一三四二万八一四九円及び右各金員に対して、被告村井については不法行為の日である昭和六〇年八月一五日から、被告会社については原告チエ子の被告村井に対する本判決が確定した日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、原告チエ子のその余の請求及び原告智明の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井 昇 裁判官 二本松利忠 裁判官 永谷典雄)